約2年半、ウズベキスタンの病院で活動後、いろんな出逢いがあり、現在福島に住んでいます。気づけば一児の母に。娘との毎日を充実したものにさせてくれた『おむつなし育児』と『さらしおんぶ』についてぼちぼち書いています。


by насиба
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明日に向けて。

明日9月1日は、ウズベキスタンの独立記念日です。

今年で21年目。

今、その9月1日に向けて、ウズ国内、いろいろ準備してるんだと思います。



私の通勤途中、チランザール駅からすぐ出たところにある建物もそうです。

私が去年の8月、活動を始めたときからすでにそこは何かを建てていました。
そのときは、周りを囲ってあったから、何を建てているのかは全然わからなくって、しかも、仕事がすすんでいるようにも見えなくって、これ、いつできるんだろう、と思いながら毎日通っていました。


ここ数ヶ月前からその囲ってあるものがとれて、見えたのは、スタジアム。

いつの間に、こんなん作ってたんだなぁ、って。


でも、あるのはスタジアムだけで、周りは更地でした。



そして1、2ヶ月前くらいからかな、突然、貨物列車の貨物のところが道端にずらーーって並んでいました。
何だろう、って見てみたら、人が住んでいる様子。


スタジアム建設に向けて、それを建てる人たちが住んでいました。
住み込みで建てるって。。



そしてつい2週間前くらいかな、いつものようにその道を通ると、すっかりその貨物がなくなっていました。
あれ、まだ工事途中なのに・・・って思っててくてく歩いていたら、そのうち、左に曲がる道に、その貨物がずらーーーっと並んでいました。

あら、道封鎖しちゃって。




で、一昨日はお偉いさんたちが来るということで、そのスタジアムの前の道を封鎖。
病院からバスでそこをいつも通るのですが、知らずにバスに乗ったら、バスも通れず、回り道して駅へ。




ま、でもなんとかスタジアムは完成したようで。
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無理だろう、と思っても、ラストスパートがすごくって、なんとかできちゃうんですねぇ。
こういうとこはすごいなぁ、と思います。







そして明日が独立記念日のために、今日は病棟みんなでレストランに行くようで。
昨日、今日はもっぱらその話でもちきりでした。

平和だなぁ。




私はそんなことよりも、日本からはるばる友達が来てくれるので、そっちのが楽しみでなりません。
日本で、同じ病棟で働いた同期。




ほんとに、楽しみです。
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by woody_bullseye | 2012-08-31 20:20 | 派遣2年目 日々のできごと | Comments(0)

学習会。

私のこと、「なに」と呼ぶ患者Pさん。
昨日手術をし、今日ICUから無事病棟へ戻ってきました。

相変わらず今日も「なに、なに」と。


術後って、わりと術前のような元気を取り戻すまで時間がかかるんだけど、Pさんは病棟帰ってきて早々から冗談を言う元気があって、あまり変わらない姿にほっとしました。


日本でICUで働いてた時は、術前の患者さんの様子って知らないから、術後、やけにしゃべるけど、これって術前から?とか、なんか変、でもこれって術前からこうだった?と、わかならないときもあります。


その点今は、術前から退院まで同じ一つの病棟だし、患者さんとかかわる時間もたっぷりあるから、術後病棟に戻ってくると、元気ないな、とかあれ?なんか違うなってすぐわかります。
それがいいなぁ、ってよく思います。



その患者さんが元気でよかったということで。





私は私で、今日は久しぶりに病棟で学習会をしました。

予てから同僚にも教えて、って言われてて、病棟でも最近多発していた不整脈に、私もやらなきゃって思っていた、不整脈のことについて。
これはいつか日記も書きましたね、たぶん。


ただ、不整脈を説明するには、そもそも心臓の解剖を知っていなきゃいけないわけで、そこから、不整脈の前に整脈を知っていないことには悪い脈って何?ってわからない。

だから、不整脈にたどり着くまでにだいぶながーい説明になってしまいました。
で、さらに、手術のこと関連させて、最後にはちょっと看護みたいなところもいれて・・・

途中先生が直してくれるって言ってたけど、結局そのままになってしまって、自分で全部完成させて…て感じで、大分作るのに時間がかかってしまったけど、どうにか完成して、今日やっと学習会をすることができました。





今日の参加は、看護師8人、看護助手1人。

この病棟自体人数は多くないので、人数はいつもこんな感じで、少人数なんだけど、せっかく頑張って作ったので、今日はJICA事務所からプロジェクターも借りてやってみました。


資料は、今回限りじゃなくって、今日が終わった後も、時間があるときにでも見てもらえたら、と思ってお金かかるけど、カラー印刷に。
絵も多かったから、かなりのインクをいつの間にか消費してました。


前も書いたけど、ウズってきれいな絵や写真がいっぱい入った資料ってなかなかないから、ここは白黒じゃなくって、あえて、カラーにしよう、と思って。



で、途中、心臓の動きはネットをつなげて、見せました。
これがなかなかイメージしやすくわかりやすかったみたいで、とくに師長さんが一番食いついてました。


心臓の動きについても、心臓を病院にして、これが看護部長で、これがうちの師長さんで、ってやっていったら、わかりやすかったみたいで、ここの反応もなかなかよかったです。


この資料、最初の心臓の解剖のところは、先輩隊員が残してくれた資料を使わせてもらいました。で、自分なりにちょっとアレンジして。

基があったからここまでできたんだと思います。

ありがとうございます!





そして、つたないウズベク語の説明に、補足説明してくれるターニャ。
彼女はいろいろなこと、よく知ってていて、しかもロシア語話者だから、他のロシア系の子に私よりもたぶんわかりやすく詳しい説明をロシア語でしてくれていた感じでした。




資料を使って、私は簡単に説明するだけだけど、そこからターニャが補足してくたり、師長さんが質問したりして、なんか、それが良かったです。





私が教える、というよりは、みんなで話しながら、ちょっとずつわかってもらえて、さらに、作ったものが残っていってくれたら、その後また来た人に説明できるから、そんな感じでやっていければなぁって思います。






自分なりには頑張って作って、練習もしたけど、やっぱりやってみるとうまくいかないことばっかり。


途中ね、つまんなそうにしてる子もいたし。
この子も、知ってるとこは知ってるから、「知ってるよー」みたいな顔して聞いてました。

対象が、全然知らない、1年目の子だったから、きっとわかる人にはつまらなかったよね。



でも、みんな最後まで聞いてくれて、そんな同僚たちに、感謝感謝です。
ほんと、それに尽きますね。


今日もまたいつものアンケート。

「まだ自分の知らないことを、また教えてほしい」というコメントもあり、まだこれからも頑張ろ!って思いました。





その後病棟でお仕事。

そしたら、いつも私を助けてくれる看護助手のナルギーザオパが、「私もそれの資料ほしい」と。
で、オパにも一から説明。


他の子にも聞いてみると、わからないところがあったから、また個人的に説明。


やっぱり個人的にやる方が、じっくりできるし、いいね。





実は、今回の学習会、テーマが心臓のこと、脈のことだったから、病院の上の人から、循環器内科のICUも一緒にやってほしい、って言われたんです。

でもそうなると、病棟でこじんまりってわけにはいかず、そうすると、100人以上入るでっかいザル(ホール)でやらなきゃいけなくって。


さすがにそれだと、人の反応見ながら、とかゆっくりできなさそうなので、日を分けてやることにしました。




というわけで、またこの学習会を、循環器内科で。

といっても、術後のこともこの資料に入ってるから、ちょっと変えなくちゃならんので、ちょっと変えて、来週やることにしました。



いつもは、私のこのウズベク語に慣れた同僚が聞いてくれるから、それなりに理解してくれるけど、そうじゃない人たちだと、どうなるか、心配。





今日のところはひとまずひと段落。

たまには早く寝よっかな。
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by woody_bullseye | 2012-08-29 00:00 | 派遣2年目 活動のこと | Comments(2)

名前。

私のウズベク語の名前はナシバ。

これは、駒ヶ根の語学訓練tのときにウズベクの先生が考えてくれた名前です。


こっちに来てから、最初のうちは、本名よりこっちの方が覚えやすいのか、ナシバって呼ばれてることが多かったです。

でも最近は、本名で呼ばれることのが多いです。
看護師やサニタリカはみんな本名ですね。

あ、でもひとりだけ、なおみって呼ぶ子がいたなぁ。



でも医師の中にはずっとナシバって呼ぶ人もいるんです。

なので、たまに、私のことを先生がナシバって呼ぶと、患者さんが「ナシバってだれ?」ということがあります。


そんな患者さんたちは患者さんたちでまた、私のこと、自由に呼んでるんですけどね。




なな、なおみ、なにな、なみな・・・。


そして最近、1人の患者さんが、「なに」と呼びます。


日本語じゃ、「何?」みたいだけど、ウズベク語だとこの名前の意味は、きれい、って意味があるそうです。
なに、なんて名前聞いたことなかったけど、あるみたい。



ま、なんでもいいんですけどね(笑)
私のこと、覚えてくれてるならそれで。



今日その患者さんもついに手術へ。

明日、元気な姿で病棟で会えるといいなぁ。







て、明日は、それ以外にもやらなきゃいけないことが。




日記書いてる場合じゃない。
準備しなくちゃー。
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by woody_bullseye | 2012-08-28 01:02 | 派遣2年目 活動のこと | Comments(2)
仕事があると、やることがあるとほっとするのは、嬉しくなるのは、なんでだろ。
日本人だから?



ていうかやっぱり、患者さんに直接何かしらケアをしているときが楽しい。



同僚に、何かを教えること、そして彼女たちに何かしら伝わることの方が、今後につながっていくことだから、そっちの方が良いことかもしれない。



でも、患者さんとかかわって、直接ケアをして、患者さんの反応を直に感じて、いろんな反応が見えて、そこから、あぁ良かったなぁとか、もっとこうしたほうが良かったなぁって思えること、そのひとつひとつが楽しい。


それってもしかしたら、患者さんのため、っていうより、自分のためかもしれない。







そんなことを考えていたら、日本で働いてた時、リーダーをやり始めた時のことを思い出した。


ICU4年目、途中で異動してきた私も、やっとこさ一人前?になって、4年目の後半に短い期間だけど、リーダーをやっていたことがあった。


リーダーであっても、もちろん、患者さんのもとにいくけど、それよりも、病棟全体の患者さんの状態や、スタッフの仕事量など、全体を見ながら、今後起こりうること、予測して、患者・スタッフともに安全に過ごすことができるために、いろんなことを考えながら、スタッフに指示をしていかなければならなくって、要領の悪い私は、なかなかうまく指示ができなくって、さらに直接患者さんのもとへ行けないことのが多いのがもどかしく思っていた。


たまに患者さんのもとへ行って、ケアを一緒に手伝いに行ったりすると、そっちの方が、楽しくなってきちゃって、だんだんまわりが見えなくなっちゃって、そこに入りっきりになっちゃったりして、先輩に怒られたりして…。


リーダーなんて、やりたくなーーい!!って、いっつも思ってた。




で、そんなことを先輩に話したら、

「みんなに指示するってことは、、あなたがしたいと思った看護、ケアをみんなに指示できるのよ。そしたら、あなたが直接しなくても、患者さんにはあなたが必要と思ったケアはちゃんと患者さんにされるの。あなたがしなくっても、他の人の手で、看護がされていたら、患者さんにとっては同じこと。だから、リーダーをしてても、看護はちゃんとできるのよ」って言われたことがあった。



たしかにねぇ。


直接しなくっても、かぁ。



でも、私は、日々その場その場での指示をすることだけでいっぱいいっぱいで、そんなことまで伝えられず、結局、リーダーの面白さというか、やりがいみたいなものは、よくわからず、やっぱり、自分でやりたーいって思いながら、リーダーをしてた。




その時のことを思い出すと、今も同じだなぁって思う。



自分が直接しなくたって、しなくたって、というか、一緒にやったり、少しずつでも人に伝えていくことで、その人が同じような考えを少しずつ持ってくれて、その後、同じような看護ができたら、自分がしたいと思った看護を、患者さんにしてくれるわけで。

患者さんにとったら、誰が、ってことが問題じゃなくって、より良いケアをしてもらえたら、それでいいんだよね。


だからやっぱり、伝えてくことって大事だなぁって。
ちゃんと伝わったら、自分の看護がいろんな患者さんに伝わっていくってことだもんね。




とはいえ、たまにはやっぱり、これを同僚にどう伝えたらいいのかとか、いちいちそんなこと考えずに、ただひたすら患者さんのことだけ考えて、直接ケアしたいって思う。自分のためにも。






何が言いたいかよくわからなくなっちゃったけど。





あぁやっぱり、思いっきり、働きたい。もっともっと、看護したい!!!
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by woody_bullseye | 2012-08-24 01:44 | 派遣2年目 活動のこと | Comments(0)

ほほえましいできごと。

日本人は若く見えるみたいで、自分も19歳とか20歳とか言われ、
28歳というと、なんだかすごくびっくりされます。

で、一緒に働いている同僚が、19歳とか20歳の子たちばかりだから、そのうち自分もそんな気がしてくることも。
でもやっぱり、私は28歳でしたっていう今日のできごと。




手術をして、ICUを出た後は、必ず家族が付き添いをします。
それは、兄弟姉妹であったり、孫であったり、妻や夫であったり、親戚であったり、とさまざま。

最近は、お父さんの患者さんに、息子さんが付き添っていることがありました。
夏休みだからかな。

その息子さんは20歳。

どうやら、病棟の看護師さんIちゃんが好きになったようでした。


病棟内には、看護師が記録したり注射を準備したりする場所があるんだけど、そのお気に入りのIちゃんがいると、彼はずっとそこにいて、いろいろ話しかけてました。


でも、残念ながら、Iちゃん、10月に結婚するんですね。
どこでその話を聞いたのか、それを知ったときは、とってもびっくりしていました。
「本当に結婚するの?」と。



Iちゃんも、その彼の気持ちをわかっているようで、うまーくかわしながらしゃべってました。
でもね、好意を持たれているのもまんざらではない様子でした。




数日そんなことが続いてたんだけど、今日ついにお父さんが退院の日に。



なんだかそわそわしてる彼。

最後に、写真とりたい、って言ってたんだけど、Iちゃんは、「写真撮られるの好きじゃないから」と。
「じゃ、俺と一緒じゃだめ?」と、さらに聞いてたけど、返事はNOでした。



退院することは嬉しいことなのに、なんとなく、彼の後姿はさみしげでした。





ここ数日の、その彼が、彼女の気をひくために、頑張ってあれこれ話しかけていた様子が、とってもかわいらいくって、ほほえましかったです。




前にもそういうことがあったんです。
25歳の男の子、今回の子とはまた違う子なんだけど、好きになっちゃって、その態度は明らかにまわりにわかるかんじでした。
でも、当の本人はそうは思ってなかったみたいでした。だから、私が「あの子のこと、好きなんでしょ?」って、冗談ぽく聞いてみたら、「何でわかるの??」ってすっごいびっくりした顔してたのをよく覚えています。

退院後、一時期たまに、私に電話をかけてきては、「Mは元気?」と、聞いてきてました。
直接、聞けないんですね、きっと。かわいいなぁ、って思って聞いてました。





て、そんなふうに思っている自分が、あ、おばちゃんだなぁ、って気づいた時、自分はやっぱり28歳だなぁなんて、実感しました。
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by woody_bullseye | 2012-08-23 03:10 | 派遣2年目 活動のこと | Comments(2)

ハイート バイラン

土曜日、ラマダンが終わりました。

一か月、日が昇ってから日が沈むまで、絶飲食するわけですが、ここはゆるーいイスラム教な国なので、自分はイスラム教だから…って言っても、わりと食べてる人が多いです。


病棟の看護師さんたちも、半分くらいはロシアの子だから、その子たちは関係なくって、ウズ人の子だけなんだけど、そのウズの子たち、最初はみんな飲まず食わず、してたんです。
あ、サニタリカ(看護助手)はみんなローザ、してなかったな、。


でもそのうち、「今日は私食べる。」と。

だから、この1か月「ローザミシズ?(断食してる?)」みたいな会話がしょっちゅうでした。
で、「うん、今日は食べない。」「今日はいいの、食べる」みたいな。

普通のちゃんとイスラムの国だったら、聞くまでもなく、みんなご飯食べないんだろうけど、うちの病棟は少なくとも、そんな感じでした。

結局、ずっと食べてなかった人、いないんじゃないかなぁ。




よくわかんないけど、そんな感じで1か月がすぎていきました。



でも、面白いのは、ラマダンが終わってた、ハイートのお祭りは盛大にやるんです。

たぶん、ウズの人たち、お祝いとか、お祭りが好きなんだと思います。


仏教なのに、クリスマスとかハロウィンまでやっちゃう日本人みたいで、私は好きです、この感じ。






てなわけで、病棟の子のうちに行って、お祭りの様子を見てきました。



土曜日の夕方にその子のうちへいくと、もういろいろなお菓子が作ってありました。




断食終了の時間までまだあったので、マハッラの中を散策。


乳搾りを見て、
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羊を見て、
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ノン作りを見て、、
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これはノンを釜の内側にはっつけてるとこ。
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これはその釜の中の様子。

あたし、タンデル(ノンを焼く窯)見たの、そういえば初めてだったかも。
ぱたっ、ぱたっって釜の中にノンを張り付けてくのを見てるのが面白かったです。




で、夕食は、お決まり、オシュ。
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日没の時間に、お祈りをして、お水を飲んで、ごはんを食べます。


で、その後、この作ったお菓子やらオシュやらを、ご近所さんたちに配って回ります。
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道を出ると、マハッラ(町内会みたいなもんかなぁ)の中は、オシュとお菓子を入れたお茶碗を持って歩いてる子どもたちがたくさんいました。
で、ご近所さんたちに、「ハイートラリンギス ビラン(ラマダン開けておめでとう、みたい感じかなぁ)」て言って、ごあいさつしてました。


私も、病棟の子、マムラと一緒にご近所さんたちへ挨拶に行ってきました。



挨拶へ行く前に、マムラの家にも4人くらい、オシュを届けに来たご近所さんがいたので、その人たちには、そのお茶碗に入れて。
でも、みんな似たりよったりのお茶碗柄で、しかも途中停電して真っ暗になっちゃったりして、「これ、どこのうちのだっけ??」「これはあそこんちよ、ほらあそこの」なんて言いながら渡してたのが、なんともおかしかったです。



マムラんちでも相当オシュを作ったのに、その上、ご近所さんからも頂いて、家の中はオシュだらけでした。


そのオシュは、日曜も一日かけて食べました。

久しぶりに、オシュをたくさん食べました。




夜ご飯の後は、お絵かき。



ヘナっていう、植物でできた染めるやつで、手に絵を書くんです。
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マムラが絵が描くのが得意だということで、見本の写真がいくつかある中で、好きなのを選んで書いてもらいました。
マムラが最初にペンで下書きを書いて、その後マムラのお姉ちゃんがヘナでその模様をなぞっていきました。

完成はこちら。
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色は赤を使うことが多いんだけど、黒はモダ(最近の流行)らしいです。


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こっちはマムラの手。
左手は、利き手の右手で書いたけど、右手は誰も書いてくれないから、と、簡単な絵でした。



手を洗ったりなんだりしてたらそのうち落ちてくみたいです。





書いてもらってる途中から、眠くなっちゃって、家族みんなまだ起きてたけど、私は早めにお休みさせてもらいました。

だけど、翌朝起きたら、もうみんないなくって、朝の準備、してました。




朝は昨日作ったごはんとかお菓子とか。
お祈りして、またみんなで食べます。
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その後は今日の目的である、「キリン サローム」を観に行きました。
キリンは、花嫁さん。
サロームは挨拶。



ラマダンが明けた翌日も、日本で言う正月の親戚のあいさつ回りみたいに、ご近所さんやら親戚に挨拶に行きます。

花嫁さんのいるおうちでは、家に行くと、まず綺麗な恰好をした花嫁さんが挨拶をしてくれます。

こんなかんじ。
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このうちは2人いたので、2人でご挨拶。
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その後お色直ししてべつの衣装きてました。
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もてなすのが大好きなウズの人たちは、客間のテーブルに、これでもかってくらい食べ物をのせて、おもてなし。
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マムラは、これを私に見せるって、ずっと言ってて、だから、今日はいろんな花嫁さんのいるおうちにおじゃましにいってきました。


私たちと同じような人が他にもいました。
道に歩いている人たちが、どっかの家に、「キリン、ボルム?(花嫁さんはいる?)」って聞いていました。




でもね、いくたび、当然だけど、「オリンオリン(食べて食べて)」って言われるからちょっと大変でした。


そこは、目的がキリンサロームだけだったので、マムラが「お茶だけ飲めばいいよ」ってこそって言ってくれて、オリンをうまくかわしながら、いろんなお宅訪問してきました。
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そうこうしてたら、もうお昼。
お昼はまたオシュ。



で、食べたら眠くなったので、マムラとお昼寝。




まるでお正月そのものな感じでした。




夕飯もまたごちそうになって、家に帰宅。




キリンサロームを見せてあげるから!って言われてマムラんちに遊びに行ったけど、結局、食べてしゃべって、寝て、お茶して…って、ぐーたらした時間のが長かったね。


けどね、それはそれで、楽しい時間でした。

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by woody_bullseye | 2012-08-20 23:29 | 派遣2年目 日々のできごと | Comments(0)

注射と作った資料。

たまには活動のことを。


私はここでは注射はできないんだけど、準備までは、と思ってたまに手伝うことがあって、その後、注射をするところを見に行ったりします。

でね、いっつも思うこと。

注射する部位選びがなんというか…。


血管に入ればいいっちゃ良いのかもしれないけれど、留置針なんて、しばらく置いておくわけだから、肘のど真ん中にいれたら、患者さんが生活しずらいじゃん。
って、いつも思うんだけど、みんなの第一選択がわりとそこなんですよね。
たまーに違う人もいるんだけど。

ま、でもね、ここの留置針も、手術するわけでもなくただの点滴なのになぜか16G、18G、20Gと、太いのばっかしかないから、確実に入れるためにそうしているのかもしれないんだけど。。


なのに、採血するとき、静脈注射するときは、肘に3本も血管があるのに、一回失敗すると、すぐ手背からやること。痛いのに。
で、肘も、私は正中が一番いいと思うんだけど、針の跡を見ていると、尺側、橈骨側の静脈が圧倒的に多い。
神経近いのに。



今日も、静脈注射をしている場面がありました。
行ったままなかなか帰って来ないので、病室に見に行ったら、どうやら一人がうまくいかなかったようで、人を変えての再挑戦。
でもうまくいかなかったようで。。


前にもこういうことがあって、私が見つけたところでやったら、たまたまかもしれないけどうまくいったので、今日も「どこの血管がいい?」って聞かれたので、駆血して探してみたら、正中に良いのがありました。

「ここここ、ここに良いのがあるよ!」と私。

「でも、細いんじゃない?」とIちゃん。

「大丈夫だから、刺してみて」と私が言い、注射したら、ちゃんとできました。


あぁ、良かった。


この、血管選びね。
人によっていろいろ考え方とかは違うかもしれないけど、やっぱり、患者さんのことを一番に考えたら、ただ刺せばいいってもんじゃなくって、この血管選びが重要だと思うんです。


地道にやってきたいと思います。






もうひとつ。
前に作った、術後の患者さんの管理、呼吸編、的な資料。
H先生に渡して、違っているところは直して、ロシア語訳も書いてくれるって言ってたんだけど、あのあとさっぱり。


で、最近、また別の資料を作りはじめました。
心電図、不整脈について。
前から術前から不整脈だったり、術後不整脈になったりする人はいたんだけど、私が1人わーわー言ってるだけでした。
でも最近、看護師さんたちも、「この人は不整脈ある?」って聴いてきたりして、先生も、私がどうやら心電図のことを知っているらしいとわかってきたようで、不整脈の話題がちょこちょこでるようになってきました。

とは言っても、いつかの日記に書いた通り、この国、看護師さんのための資料が少ないんですよね。
だから、自分でネットで調べるとか(ネットができる子ならね)、人づてに聞く、とかそんなもんでしかわからないんです。それでも、自分で勉強してる子もいるんだけど、だったら、作ったら役に立つかなって思って、ここ最近、あーでもない、こーでもないして、やっと完成。

といっても、まだ簡単な心臓の解剖、整脈、心房細動についてまでだけですが。
なぜ心房細動についてか、というと、心外の術後、心房細動になりやすい人が多いのと、疾患によっては術前から心房細動の人も多いから。



で、やっとこさできたのを師長さんに見せたら、絵がいっぱいだったのが良かったらしくって、文章も読まずに「学習会、いつやる?」と。


「いやいや、これ文章違ってるかもしれないし、だから先生にも見てもらいたいんです」と言って、H先生に再び。


今日は手術もなく先生たちもみんな病棟にいて時間もあったので、資料を見せると、


「あ、前のやつ、忘れてたよ。ここんとこ、手術ばっかりで、忙しかったからね」と笑顔で。



あ、忘れてたんだね。
でも知ってる。先生、いつも忙しそうだもんね。

H先生、下っ端の方だから、いつもいろんな仕事を請け負っていて、忙しそうなんです。



ただその後、
「来週には直して渡すね。ロシア語もつけるからね。」と嬉しい言葉が返って来ました。
今日渡した資料に関しても、これをまたロシア語にしてもらうの、時間かかるし大変かなぁと思ってあえて言わなかったのですが、うちの病棟、ロシア語話者が多いから、これもロシア語にするね、と。








毎日やることは本当に変わらなくって、相変わらず、座っていることが多いけど、それでいいかなぁ、と。

昨日、日本から来た、学校の先生方と話をする機会があって、日本人だなぁって思う瞬間てどんな時?って聞かれて、「暇になって、仕事を探してしている自分がいるとき」と答えました。


ウズだと、暇なら暇で、座ってても、それでいいんです。
なーんにもしてなくっても、仕事中にこれでもかってくらいお茶ばっか飲んでいても、べつにいいんです。
自分の仕事が終わったら、それでいい、みたいな。

みんなそんなかんじで働いています。

手術がなくっても、集中治療室に患者さんがいなくっても、看護師さんたち、みんな毎日来てるんです。


何してるかって?
物品とかの確認をしたあと、ひたすら、おしゃべりタイムです。



日本では、仕事、探しますよね。
座ってるだけなんてね。
日本ではありえないことですけどね、ウズではありえるんです。ふつうなんです。




だから、1人焦って、何しようって常に思って考え込んでしまうよりは、このウズペースに合わせて、そんな中でも、あ、これはって思うことがあったら、すこーしずつやっていったらいいかな、と思います。


ていうかもうかなりウズペースな毎日ですけどね。



日本帰ったら、日本の速さにつていけない気がします。
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by woody_bullseye | 2012-08-14 02:56 | 派遣2年目 活動のこと | Comments(0)

マントゥ教室。

最近旅行で2回一緒になって仲良くなったJICAの受付のウズベクの子、Mちゃん。


そのMちゃんから、うちで、マントゥを教えてもらいました。


マントゥ。
日本には、似たようなもの・・・

蒸し餃子のでっかいの。
いや、違うな。

でも油控えめで、ウズ料理の中ではあっさりしてる方です。





まずは生地つくりから。

ウズベク料理は大概、生地つくりから始まります。
日本だったら、餃子を皮から作らないですよね、うどんを麺から作らないですよね。
でも、ウズは、この生地から作るんです。

家庭でふつうに作ってるから、小さいときから作っているから、みんな作れるんです。
すごいですよね。



材料は、
ハムル(生地)
小麦粉   小さい湯飲み茶わん(ピヨラ) 3杯くらい
お湯     ピヨラ 2/3くらい
塩      スプーン半分くらい
卵      1個
ヨーグルト スプーン1杯

これでたぶん、50~60個くらいできるんじゃないかと思います。

①塩をお湯で溶かしたもの、卵、ヨーグルトを入れて、
 
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 その後小麦粉を入れます。
 お湯は全部入れてなかったです。2/3くらいかな。

②よくこねます。よくこねた方がおいしくなるそうです。
 
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 良い感じになったら、まるめて、ボウルをかぶせて、10分くらい置いときます。
 
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③その後、その記事を3等分にして、伸ばしていきます。
 
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 薄ければ薄いほどヤフシです。
 台の上には小麦粉をまぶしながらですが、生地の上は、片栗粉をまぶしながら、生地を伸ばしていきます。
 
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 薄くするためにはながーーいめん棒が必要で、でも家には短いのしかなくって、
 ご近所さんから借りてきました。とはいえ、このアパート、住んでるのはほとんどロシア人か韓国人。
 1人ウズのおばちゃんを知ってるんだけど、あいにくそのときはいませんでした。
 というわけで、みんなながーいめん棒を持っていなくって。
 やっとこさ下の階のロシア人からお借りしたんだけど、それでもめん棒の長さは足りませんでした。
 
 上の写真、めん棒より生地が長くなってるの、わかりますかね。
 うすーくするには、ながーいのが必要なんです。
 でもMちゃん、考えながら、短いめん棒で上手にうすーく伸ばしていました。
 

④で、うすーーーーーく伸びた生地を折りたたんで、11㎝幅で切っていきます。
 
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⑤折りたたんであったのは広げて、また11㎝幅できっていきます。
 
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 まさか定規を使ってちゃんと11㎝ずつ切っていくとは思わなくって、ちょっとびっくりしました。

⑥正方形の生地がたくさんできました。
 
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 ワンタンの皮みたいです。



次は中身の紹介。
玉ねぎ          小さいの3個
じゃがいも        小さいの2個  
肉(油が多いとこと)  700~800gくらい買ったけど、骨が多かったので、実質もっと少ないかなぁ。
ゼラ(クミン)       スプーン1杯くらい
塩             適量
こしょう          適量
油             スプーン1杯くらい


玉ねぎとじゃがいもと肉は細かく切ります。
玉ねぎはちょっと透明になるかな、くらいまで炒めます。
で、ぜんぶ、混ぜます。調味料は、お好みの量で。
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その具を、切った生地の上にのせて包みます。
生地の対角線の端と端を合わせて、四角になったら、隣り合わせた角通しもまたくっつけます。
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それでひとつできあがり。

で、この蒸し器に並べていきます。
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この蒸し器、4段もあるから、一度に相当な数を作れます。
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ちなみに今回は50個くらい、できたかな。
それでもまだ、生地は余ってました。



45分蒸したら完成です。



こんな感じ。
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ヨーグルトをかけて食べるとおいしいです。






今日はおまけに、ミモザサラダも作りました。


材料
ジャガイモ
人参

マヨネーズ
魚の缶詰(ツナじゃなくって、何の魚のかわからないけど、ミモザサラダを作りたいって言ったら、お店の人がこの缶詰をすすめてくれました。小さい魚をオイル漬けしてあります)
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ジャガイモ、ニンジン、卵をゆでて、じゃがいも、にんじんをそれぞれつぶします。
卵は黄身と白身に分けてみじん切り。


それを、じゃがいも、マヨネーズ、魚、マヨネーズ、人参、マヨネーズ、卵(白身、黄身)の順に層にして盛り付けていったら完成。
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でも今回は、間違って黄身と白身を一緒に刻んじゃって、野菜もつぶす道具がなかったから、人参はみじん切りのこまかーいの、になってしまったので、Mちゃん曰く、

「これはミモザサラダじゃない」と。


切り方が違うだけなんですけどね。
違うみたいです。

ちなみに、なぜミモザサラダなのかはわからないけど、こういうサラダをミモザサラダ、というらしいです。


でも気になったので、ネットで調べてみたら、
「黄色い粒状の卵黄がミモザの花のように見えることから名づけられた。」とありました。
ミモザって英語みたいだし、てことは、ウズのサラダってわけじゃなさそうですね。
それに、ミモザの花を調べたら、本当に黄色がまぶしいくらいの花で、やっぱり、黄身だけを最後にもりつけしないとミモザに見えないから、今回のはミモザサラダじゃないってことがよくわかりました。




でも、味は一緒だからね。
おいしかったです。



Mちゃん、ありがとう!!
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by woody_bullseye | 2012-08-12 15:45 | 食べ物のこと | Comments(2)

お墓参り。

11日、タシケントにある日本人墓地へ行ってきました。

終戦記念日とお盆が重なるこの時期に、日本人会主催で毎年行っています。
タシケントのヤッカサライというとこにあるこの墓地、第二次世界大戦後、ソ連に抑留されて働かされていた日本の方々が眠る墓地。
ソ連に抑留されていた日本人は、全部で650000人、そのうち、ウズベキスタンで強制労働をさせられていた人たちは、25000人ほどいたそうです。

ちなみに、その方々が眠るお墓はタシケントだけではなくって、他の地域にもあります。



去年もそのお知らせが来たのですが、その日はばててて行けず、他の日に行きました。
なので、大勢の日本人の方と一緒にお墓参りは今年初でした。




去年行ったときは、どうやってたどりついたのか、よく覚えていないのですが、よくたどり着けたなぁ、というくらい、お墓以外のまわりの場所を全然覚えていなくって、今日ここに着いた時には、こんな場所にあったんだ!と、まるで初めて来たみたいでした。


1年前は、右も左もわからなかったけれど、方向音痴ながらも、だいぶ地理は頭に入ってきたようです。





オイベックの駅から38番のバスに乗って、バブル公園を過ぎて、アル・ハスィロット ホテルという近くのバス停で降りて、大通りから、小さ目の道に入り、また少し歩くと、門が見えてきます。


門をくぐって、ひたすらまっすぐ行くと、奥の方にありました。




と、ここまで順調に来たように書いてますが、バス停を2つくらい通り過ぎてしまって、道にいる人やホテルの人に聞きながら、なんとかたどり着けました。





久しぶりのお墓詣り。
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日本のお線香の香りがとても懐かしく感じました。



そして、綺麗に掃除された墓地。
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いつも、ウズベクの方が綺麗にしてくれてるんですよね。







日本からこんなに遠く離れたところで、必死に生き抜いていた人たちがいたんだなぁ、って思うと、戦争なんて、本当にあっちゃいけないことだなぁ、って思うし、平和に生きていられることが、どんなに幸せなことなんだろう、って思います。







今年、このお墓詣りに参加できてよかったです。



大使の話だったかな、
遠いウズベクの国まで来れない人たちに代わって、お参りを…と話されていて、あぁ、ほんとそうだなぁと思いました。







この場所、うちからそう遠くはないってこともわかったし、また行きたいな、と思います。
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by woody_bullseye | 2012-08-12 05:38 | 派遣2年目 日々のできごと | Comments(2)

再会。

日記、書きはじめれば書くんだけど、書かないと、書かなくなっちゃう。
時間がないわけではないんだけれども。。


というわけで久しぶりの更新。


まずは、再会した話から。



人じゃないです。




これです。
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これをどうしたかというと、


作ってみました。





少し前に、納豆菌というものを、日本に帰った先輩隊員からいただきました。

でも、バザールで大豆らしきものが発見できず、食べたい気持ちばかりが募っていました。



そしたら最近、スーパーに行ったら、偶然、それらしきものを見つけました。


これです。
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いくらだったかな、6000スムくらいだったかな。450g入りで。170円くらい。
大豆の相場は知らないので、高いか安いかはよくわかりませんが、とにかく、見つけたので、買ってみました。



で、作り方をネットで検索。

菌を繁殖させるのに、炊飯器がいいみたい、ということで炊飯器を使ってみました。

炊飯器もまた先輩隊員からいただいたのものなんですが、米を炊くよりも、パンの発酵に使ったり、煮物をしたみたり、ゆでものをしてみたり、と本当に重宝しています。

まさか納豆までも炊飯器が使えるとは思ってもみなかったので、ほんと、炊飯器様様です。






まずは大豆を水に漬けました。
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ネットレシピには20時間くらいって書いてあったけど、時間の都合上、ちょっと多めの22時間ほど漬けてました。


大きくなった大豆たちを、今度は蒸します。
ゆでるより蒸した方がおいしいらしい、ということで、炊飯器で蒸してみました。
2時間とかそれくらい蒸したかな。
圧力鍋じゃないとえらい時間がかかるって書いてあったのですが、1時間くらいしたとこで、割と柔らかくなって、どうしようかな、と思いながら、やな1時間蒸してみて、親指と小指だったかな、で簡単につぶれるようなやわらかさになったので、蒸し終了。




昔、母が味噌を作っていたことがあって、私は蒸したての大豆を醤油をかけて食べるのが好きでした。
蒸しあがった大豆を見て、それを思い出し、同じように食べてみると、そのときを思い出して、なんだか懐かしい気分になり、久々に食べる大豆はとってもおいしく感じ、ちょっと味見のつもりが、けっこう食べてしまいました。




その後、熱湯消毒したタッパーに入れて、少量のお湯に溶かした納豆菌を投入。
で、少し混ぜて、また炊飯器の中へ。


実はこれ今回2回目なんです。
1回目は、蒸しあがった大豆を直接炊飯器に入れて、保温の状態にしておいたんです。
で、仕事が終わって家に帰ってきてみたら、大豆がからっからになってて。。

これはこれで、おつまみっぽくておいしかったんですけどね。



というわけで、炊飯器の下にちょっとお湯をはって、蒸す道具(なんていうんだろう)の上に、納豆が入ったタッパーを入れて、保温にして放置することにしました。


半日くらいほっといたかなぁ。


今回は成功のようでした。
ネットでみた写真よりは、白い膜はすくなかったのですが、豆をつまんでみると、ちゃんと糸を引いてました。


2日くらい冷蔵庫で寝かしたほうがおいしくなるらしいのですが、我慢できなかったので、5.6時間後に、半分くらい食べちゃいました。

あのふつうの納豆のパックで2パックくらいかな。




私の納豆の食べ方で一番好きなのは、卵とねぎを入れること。
で、上にしらすをのせて食べること。

残念ながらしらすはここにはないので、しらすは抜きでしたが、おいしかったです。
久しぶりに、しかも、自分で作ったからか、よけいにおいしく感じられて、幸せなひと時でした。
この日、他にも料理を作ったのに、気づいたら、それを食べることを忘れ、納豆だけでごはん一杯食べちゃっていました。


たまに日本食を食べるときに思うこと。
いつかの日記にも書いたけど、日本で日本食食べても、ここで食べるときほどの感動はないんです。
おいしい、って思って、たまに感動もしていたけど、ここで感じる感動とはまたべつもの。

こんなに日本食で感動できるとは思わなくって、それほど日本食っておいしいものなんだぁ、って気づけたことは本当にヤフシだな、って思います。




ただ、もっと混ぜたほうが良かったのか、卵を入れたところで粘り気が少なくなってしまいました。




まだ今寝かせ中のがもう半分いるので、どうやって食べようか、今検討中です。





いただいた納豆菌、量は少ないのですが、これだけで30㎏分つくれるそうです。
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もっとおいしい納豆を目指して、また作りたいと思います。
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by woody_bullseye | 2012-08-12 04:33 | 派遣2年目 日々のできごと | Comments(0)